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2010年05月17日

自己紹介(その4〜中学3年生)

野球部を退部し、陸上に専念し始めた私。
指導者のいない、自分で組み立てていく練習ながら競技力も向上し、
3年生のシーズンを迎えるころには、県大会で優勝を狙えるレベルにまでになっていた。
しかし大会では、記録と勝負は別物ということも思い知らされることとなる。
 
[中学3年 加賀江沼大会]
学校非公認の”なんちゃって陸上部”とはいえ、3年生になったころには、気分的にはすっかり”陸上部”になっていた。
加賀江沼大会は、100m/200m/400m/4×200mR の”フル出場”だ。
加賀市内に400mトラックの陸上競技場がなかった当時、大会会場は錦城中グラウンドだった。
100mでは例によって山中のO谷君の後塵を拝して2位、200mでは前半先行するO谷君を最後に逆転して24秒9の同タイムながら1位となった。種目こそ100mではないが、初めてO谷君に勝てたのは嬉しかったわーい(嬉しい顔)
400mは、さしたるライバルもいなくて楽勝、リレーも優勝だった。
[中学3年 県大会]
県大会では、さすがに個人3種目+リレーの4種目ではしんどいので200m/400mの個人2種目+リレーの計3種目ということになった。
しかし、金沢市営競技場で開かれるその大会は1日限り。全て予選+決勝だから、3種目とも決勝に進出すると200mが4本、400mが2本となって、市の大会ならともかく予選から厳しいレースとなる県大会レベルでは、その負担は相当ハードなものとなる。
それでなくとも、正規の陸上部ではなく顧問の先生がいない悲しさで、練習の量的な面では他校と比べて決して多い方ではなく(つまり、苦しくなったときに尻を叩く人がいない)、一発のレースで記録は出せても1日に何回ものレースをこなしていくスタミナが決定的に欠けていたから、今にして思えば無茶なエントリーだったと思う。
例えば、私が後に高校3年生のときの県大会最終日で経験した、200m×3(予選+準決勝+決勝)、400m×2(マイルリレーの予選+決勝)という日程も相当ハードだったのに、それを上回る負担を中学3年生でやれというわけだからねぇ。
始まってみれば、予選は快調だった。200mは終盤流し気味で24秒5、400mでは56秒0と、ぞれぞれ全体の2位、1位のタイムで予選を通過。リレーも危なげなく予選を通過した。
思えば1年前、レベルの高さに驚愕させられた大会にこの日は優勝候補として自信を持って臨んでいた。
しかし、その自信は午後からは怪しくなる。
優勝を期して臨んだ200mの決勝では走る前から身体が重い。結局予選よりタイムを落として3位。しかし、ここまでなら「まあまあの結果だ」と自分で自分を言いくるめることもできただろう。
しかし問題の400m決勝----------全然走れなかった
レースの半分も走らないバックストレートの途中で完全に失速してしまい、jogより遅いスピードで残り約250mを”浮遊”した挙げ句、フィニッシュで倒れ込んで、その後しばらくの記憶がない。
気がついたら、私が走るはずだったリレーの4走を2年生の子が代役を務め苦しいレースをしているところだった。
悔しい、みんなに申し訳ない…もうやだ〜(悲しい顔)
こうなると200mの3位など、何の慰めにもならない。
失意のまま金沢市営競技場を後にし、しばらくは何もしたくない気分だった。
正規の部じゃないからサボっても怒る先生はいない。サボろうと思えばサボリ放題だもんな。
そんな状態だから、その年も放送陸上石川大会には出たはずだが、ロングスプリント種目がなかったこともあって成績は振るわなかったんだろう。
「…だろう」なんて、なんだか他人事みたいだが、自分のことは全然記憶に残っていないんだな-----成績どころか何に出たのかさえね。まあ、一種「カーロス・リベラ」状態ってところかな(「あしたのジョー」を知ってる方なら意味が分かりますね?)。覚えていることと言えば、競技場には確かに行ったということと、野球部の同僚だったH野君が走幅跳で初めて県のベスト8に残って(最終7位)喜んでいたことくらいだ(彼は、進学した大聖寺高校では陸上部に入り三段跳で活躍する)
[中学3年 北陸三県大会]
そんな失意のどん底に沈んでいた私に、北陸三県大会(現在の北信越大会の前身)の200mに石川県代表として出場できるという知らせが入る。
1種目に各県出場2名で一発決勝。1人1種目しか出られないこの大会では、石川県大会の200m上位の選手が100mに回るので、3位の私が繰り上げで出場できることになったのである。
これはラッキー! 名誉挽回のチャンスと奮い立った。

8月7日だったか8日だったかの暑い盛り、これも会場は金沢市営。
福井県成和中のT中君にはブッちぎられたが、24秒6を記録して2位手(チョキ)
(ちなみにT中君には高校3年時の北信越大会の400m決勝でも”ブッちぎられて”いるのだが)
この結果で、まあなんとかショックから立ち直り、中学校での競技生活は終わった。
そして心は高校進学後の競技生活に飛んでいくわけだが、もし仮に北陸三県大会に出られなかったら、、、つまり、200m上位の選手(多分、野田中のT野君だと思う)が100mに回らなかったら「名誉挽回」のチャンスは訪れなかったわけで、失意から立ち直れないまま陸上から去っていったのではないかと思うことは今でもある

ともあれ、高校でも陸上を続けると決めた私。
志望校を選ぶ基準は「E選手のいる高校で陸上をしたい」
それだけだった。
(つづく)
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posted by Yujiri@Kaga at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Profile | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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