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2010年05月10日

自己紹介(その2〜中学1年生)

走ることにトラウマさえ感じながら中学に入学した私は、
いまだにプロ野球選手への夢を捨てきれずにいた。
そんな私に、やがて「運命の日」が訪れる。
 
[中学入学]
野球部に入ったものの、自信のある強肩と捕球術だけではレギュラーは遠かった。
さして強豪でもない野球部内にさえ、自分より上手い部員が何人もいるんだから、毎年石川県から数人しかなれないプロ野球選手になるなど土台無理な話だと悟るのに時間はかからなかった
しかし、野球部での連日の走り込みが効いたのか、イヤイヤながら走らされた校内陸上競技大会の400mでは、最後は長身を利した大股で迫ってくるH君を振り切って学年3位にはいることができた手(チョキ)
速い人達は100mに出ていたし、400mは短距離も長距離も今ひとつの連中が出る種目と化していたから、それでもって「俊足」の仲間入りができたわけではないが、
まあ、これでなんとか小学6年生での「徒競走最下位」のトラウマからは解放されたと思う。

そしてその夏、「運命の日」を迎えることになる。
[運命の日]
その日は暑い日で、アスファルトが焼けていた。
そうしたなか、野球部の坂ダッシュ練習が始まった。
当時の山代中の校舎は丘の上にあり、その種の練習にはもってこいだったと言えるが、短距離とはいえ炎天下で走らされる身としてはたまったものではない。
まして、校内陸上競技大会で多少走れたとはいえ、ダッシュ系には自信がなかった私であれば、この練習は拷問でしかない…ハズだった。
さあ、坂ダッシュが始まり自分の番が回ってきた。
ダッシュは2人1組での競走だ。
「ヨーイ、ドン」…必死で走ったが、スタート直後から相手の足音が聞こえない。
「合図を聞き間違って、一人で走っちゃったのかな。恥ずかしい」とゴールインして思ったが、振り向くと遅ればせながら相手もヒーヒー言って走ってきていた。
「コイツ、真面目に走ってないだろ。俺がこんなに速いハズがない」と思った。
「ひょっとして”ドッキリカメラ”風にからかわれているのかも」と疑心暗鬼にもなった。
しかし、本数を重ね、相手を変えても状況は変わらなかった。
仕舞いには、上級生が相手をしろと言う。
そのなかには「足のある」レギュラーの人も含まれていたが、やはり私が勝ってしまった。
結局その日の坂ダッシュでは、私は上級生も含めて誰にも負けなかったのである手(グー)

当時のチーム最俊足は1年先輩のTさんで、Tさんはエース投手ということで投球練習をしていたため坂ダッシュには参加していなかったが、さすがにTさんが相手だったら勝てなかったと思う。
ともあれ、練習開始時にはチーム内でも全然目立たなかった私が、練習終了時には「チーム2番目の俊足」となっていたのである。
数時間のうちにこれほど世界観が変わるのも珍しいのではないか?
炎天下の坂ダッシュで疲労困憊していたハズなのに、その日ばかりは足取りも軽やかに帰宅し、
いつもは両親に練習のことなど喋ったこともなかったクセに、
この日ばかりは「今日は速かったんだ。あーしてこうして、こう走って…」と延々と饒舌に説明したものである。


考えてみれば、魔法じゃあるまいし、そんな一朝一夕に走りに必要なパワーが身に付くわけがない。
きっと、小さい頃からやっていた野球を通じて潜在的にはパワーやアジリティがコツコツと養われていたのだろう。
その使い方や動きのタイミングが分からず速く走れなかったのが、
否応なく膝を上げて腕も存分に振る必要に迫られる坂ダッシュの際に一気に発露されたと考えるのが合理的な推論
じゃないかな。

ちなみに、野球部のエース投手だったT先輩は、進学した大聖寺高校では陸上部に入り、次に進んだ筑波大時代を通して優秀な三段跳選手として活躍されることとなる。
(つづく)
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posted by Yujiri@Kaga at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Profile | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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